len.5 Instagramから引用
こんばんわ。bonです。
あなたはタトゥーの彫り師・LENさんという方をご存じか。
私は妹に教えてもらったのがキッカケでこのLENという人物を知った。
妹「この人カッコイイし、面白いからYouTubeとか見てみた方がいいよ〜」
bon「へ〜、なんぼのもんじゃい」
そんな会話から彼のYouTubeを見るようになった。
確かにルックスからカッコイイのは分かる。
しばらく私より年上だと思っていたが、彼は20代という事を知りビビった。
もう年齢とか関係ないなと思った。
私が彼のYouTubeを定期的に見るきっかけになったのは、視聴者からの質問に答えている動画で、
「人脈の作り方は?」
という質問に対して、彼はこう答えていた。
「人脈なんて言葉口にしない方がいいです。僕の人生の経験上、人脈づくりうんぬん言ってる人で上手くいってる人見たことないんで。好きな事に全力投球している人が、面白い人たちに興味を持たれてどんどん集まってくるみたいな。自分のやりたい事をやり続けていく中で、そういう人達が集まって来るっていう事なんだなって思っています。10代、20代の時は、この間、何々さんと誰々の有名人と飲んでさ〜とかあるけど、今考えたら19、20くらいの何も持っていない子どもと飲んでも俺は何とも思わない。そいつがもし、めちゃくちゃ優れているものを持っているとかだったら、おーおもしれーなお前とかなるけど、だから自分のやりたいことをやって武器を作ってからすごい人に会った方が絶対に。それが30だろうが40だろうが全然いいと思います。」
これを聞いて一発で好きになってしまった。
ルックスだけじゃなくて考え方もイカしてんのかよ。
動画を見ていると、飾らない素の雰囲気も魅力的な人物だと思った。
この人物はやはり自分のためにもまとめておきたい。そう思ったのでまとめてみました。
len.5 Instagramから引用
・Profile
1995年生まれ
福島県出身
文化学園大学へ進学し、20歳の時にアメリカントラディショナルのデザインに出会い、彫り師を目指すようになる
文化学園大学は2年で中退
日中はペンキ屋でバイトをして夜はタトゥーの勉強をする
20歳で彫り師を目指し、21歳で彫り師としての活動を開始
1年間カナダへ渡り、彫り師修行を経て帰国後に「TATTOO STUDIO YAMADA」を渋谷区円山町に立ち上げ
2021年に移転し、原宿に「TATTOO STUDIO YAMADA」を構えている
「TATTOO STUDIO YAMADA」オーナー
YouTubeチャンネル「OMOSSY CHANNEL」
len.5 Instagramから引用
・原宿にスタジオ構えるまでのストーリー
彼は福島県生まれ。バイク好きな父親の影響もあってアメカジファッションに興味を持っていた高校時代。
漠然と「大学は行っておけ」という親の言葉で、ファッションが好きだった山田は東京渋谷にある文化学園大学へ
進学する。
その授業の中で山田はアメリカントラディショナルタトゥーのデザインに出会った。
そこからアメリカントラディショナルのデザインを模倣したデザインを描いていく中で、段々と彫り師として人に
描きたいと思うようになる。
2年次の初めに学校を中退し、そこから彫り師としての活動を始めていく。
それから特定の師を持たず独学でタトゥーの技術を身につけていくようになった。
色々な先輩彫り師から練習のコツを聞き、それ以外は自分で調べたりしながら技術を身に付けていく。
下北沢近くの定食屋さんの奥の部屋が空いていたため、そこをスタジオにして、働きながら彫らせてもらっていた
とのこと。 彫り師としての活動を始めてからしばらくして、ワーキングホリデーでカナダへ行った。
彼自身ネガティブになる事はほとんどないと動画内でも言っているが、カナダにいる時はネガティブになっていた
時期があると語っている。
彼はYouTubeで「タトゥーを彫り始めて間もなかったし、働けるスタジオもなかなか見つからず、英語も話せなかった。帰りてー。そんなネガティブになっている時にグラフィティーっていう壁にスプレーで絵が書いてあるのがあるんすけど、そのグラフィティーで見かけた言葉が「 DON’T WORRY ME TOO」その言葉に救われた。「大丈夫だよ。俺もだから。」壁に書いてあっただけなのに、こんなにキツイのは俺だけじゃないんだなと思った。日本に帰ってきてから首にDON’T WORRY ME TOOのタトゥーを入れた。安心して、キミだけじゃないよ。俺もだよ。っていうのが何かいいなと思って。」と語っていた。
カナダから帰国後も、下北沢の定食屋さんに間借りしてタトゥーを彫った。
len.5 Instagramから引用
100万円を貯めて、2018年に渋谷区円山町、神泉駅前のマンションの一室にタトゥースタジオ
「TATTOO STUDIO YAMADA」を構える。
最初はずっと1人でやるつもりだったが、やっていくうちにどんどん仲間が増えていった。そのため新しいスタジ
オを探し始め、バイクが好きだったため、ガレージが欲しいというのも条件で今の物件のオーナーに紹介してもら
い、原宿に拠点を構えることになる。
「次から次へと新しい文化が生まれる若者の街」というイメージが強く、今はここに来るのが運命だったのかもし
れないと感じているとYouTubeでも語っている。
2021年にスタジオを原宿に移転。並行してYouTubeを通じ徐々にその名が広く認知させるようになっていった。
len.5 Instagramから引用
・LENの魅力とは
YouTubeがきっかけとなるが、彼の元に人が集まって来るのはどのような要素があるのか考えてみた。
・外見のカッコよさ
・彼のオープンマインドな性格
・ユーモアセンス
・常に新しい事をしている
・破天荒な性格
人を惹きつける人間性と常に新しい事にチャレンジしていく様子は僕らをワクワクさせてくれる。
・LENの今後の展望
そんな彼は今、TATTOO STUDIO YAMADAの海外進出のために、LAに移住予定とのこと。
まずは山田がLAに行き、いずれは仲間達と「TATTOO STUDIO YAMADA LOSANGELS」ができたらいいなと言って
おり、そして原宿、LA、その他にも世界中に広げていけたらいいなと語っていた。今後彼がどの様な行動をしてい
くのか楽しみに思う。
・LENのバイク
彼は1958年製のハーレイダビッドソン パンヘッド(レッドドラゴン)に乗っている。
len.5 Instagramから引用
父親がバイクが好きで山田が小さい頃からバイクやハーレイの本がたくさんある環境で育ったそう。
このバイクに一目惚れして購入を決意。ローンも組んだ事もなかったが、スタジオのお金をかき集め、スタジ
オが潰れるかもとヒヤヒヤしながら購入した事を話していた。
・達磨農園
達磨農園 Instagramから引用
彼は福島県福島市で達磨農園を運営している。この農園を仕切っているのは彼の幼馴染のAKIRAという人物である。
達磨農園 Instagramから引用
「食にこだわる暮らしをつくる」をテーマに掲げている。
無農薬での有機栽培を行なっており、農園では美味しい野菜の提供だけではなく、農作業の過程をYouTubeで発信している。
達磨農園 Instagramから引用
達磨農園はテレビ番組にも出演し、農園でつくったにんにくを紹介するなど、活動が注目されている。
・アパレル
彼はアパレル事業も手掛けている。主にアパレルのデザインに携わっているのはSHUNTAROだ。
SHUNTAROは文化学園大学の先輩である。
彼がデザインに関わったブランドや商品は、彼のライフサタイルや価値観が反映されている。
1. UNIVERSAL OVERALLとのコラボレーション
達磨農園の農作業用ユニフォームを手掛け、実用性とスタイルを兼ね備えたデザインを提案している。
2. オリジナルアパレルの展開
タトゥースタジオ「TATTOO STUDIO YAMADA」で取り扱うオリジナルのアパレルやグッズも展開している。
商品は、タトゥーアートや和柄デザインが特徴的で、彼の美学を反映したものが多い。
3. オンラインストアやイベントでの販売
これらのアパレルはオンラインストアや、イベントで販売されていることがある。
彼のアパレル事業は、デザイン性や彼自身の哲学を融合させたものが多く、ファッションやライフスタイルに興味
のある多くの人々から注目されている。
「TATTOO STUDIO YAMADA」には、経理やその他の事務を担当しているBUNA。写真や広告を担当しているLOUIS
(ルイ)。その他にも個性あふれる仲間たちがいる。ぜひその世界観をYouTubeチャンネル「OMOSSY
CHANNEL」で感じてほしい。